人間関係塾 4時間目  共感2


◇重い荷物

 ここで言う「寄り添って聴く」「共感を持って聴く」とはどのような感じなのかを次のような話で、イメージしてください。
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大きな荷物(リュックサック)を背負って道を歩いている人(Aさん)と、声をかけられた人(Bさん)の会話。
A「ちょっといいですか。荷物を降ろしたいので、手伝ってもらえませんか」
B「重そうですね」
A「そうなんです。私の荷物ですから、掘り出すわけにはいかないんです」
B「どう手伝えばいいですか」
A「じゃ、お言葉に甘えて、後ろの方を支えてください。ゆっくりと降ろします」
道端にあった座りやすそうな石に荷物を置き、二人も腰をかけました。
B「ずいぶん重いですね」
A「……」
B「触れて分かったことですが、中身も乱雑に入っているようですね。持ち難いのではありませんか」
A「……、分かりますか、実は、私の荷物なのですが、何が入っているのかわからないまま、整理もしないで背負っているのです。中でゴロゴロして、不安定なこともあるんです」
B「それでも背負っていかなければならないほど、あなたには大切なものなんですね」
A「そうなんです。だから自分ひとりで背負っているのです」
B「想像するだけでも、あなたのしんどさが分かりますよ」
A「甘えついでに、いま、中を開けてもいいですか、何が出てくるか、恥かしいのですが……」
B「いいですよ」
そして、Aさんは荷物の中身をリュックから取り出しはじめました。Bさんはそっと手を添え、一つひとつ大切に、外に並べるのを手伝ったのです。
Aさんは、ていねいに並べられた品物をゆっくりと眺めてから、言いました。
「これが自分の背負っていたものなんですね。やっと納得できました」
それから、それらの品物を元のリュックにていねいに戻し、Bさんにお礼を述べて、再び、その荷物を背負って、立ち去っていったのです。


◇相手の荷物を大切に

 皆さんの店の椅子に座る人は、理容・美容のサービスを受けるという明確な目的があります。そして、そのために無防備に、あるいは、その人のありのまま姿で皆さんの前に背中を向けて座られるのです。

 皆さんはその人の背中や座り方を観て肩に力が入っているなぁ~とか、いやに緊張しておられるなぁ~とか、機嫌が悪そうだなぁ~というその人のいまここでの感じを察知し、その人の荷物の重さを感じ取ることがあるでしょう。
 そんなときに、「今日は、ずいぶん肩がこっておられますね」とそっと声をかけられることでしょう。
 このときに、「どうされましたか?」とか、「お疲れのようですね。何かありましたか?」と、こちらの関心で、質問攻めにしないことです。そのような声をかけてしまうと、相手がかえって緊張したり、身構えたりすることがあります。
肩がこっていることに気づいていない場合もありますし、気づいていても表現したくない場合もあります。そこにはその人の、さまざま感情や欲求がそっと表現されているのです。

 まず、心がけることは、その人のありのままの姿を理解し、尊敬の念をもって受け入れることです。
 全ての人はさまざまなニーズを持っています。その欲求が満たされないと欲求不満やストレスを感じ、ひいては強い感情が隠されているのです。人はその欲求や感情が激しいほど、平静を装ったり、回避したりしておこうとするものです。
だからこそ、その人のありのままの姿を受け入れるということは、「私はあなたの肩がこっていることに気づき、こころに留めていますよ」という穏やかなメッセージを送り、相手の応答を静かに待つことです。これがその人の背負っている荷物を大切にすることなのです。

◇共感的理解

 カウンセリングの創始者であるカール・ロジャーズという人は、相手の成長を促進する一つの条件として、共感的理解をあげています。
 先ほどの例で言うと、「肩がこっていますね」と伝えたときに、相手が「そうなんですよ。○○なことがあってね~」と、応答してきたときに、「そうなんですか。それはしんどいですね~」と。
 口先だけでなく、その人のしんどい状況を想像しながら、自分も同じような立場や状況にいたら、きっと同じようなしんどさを感じるだろうなぁ~、とこころの中で味わってみることです。
 その人が語りはじめれば、静かにうなずきながら、「○○なことがあったんですか」「◇◇な気持ちなんですね」と、相手の語りと気持ちをしっかりと言葉で繰り返しながら、ゆっくりと寄り添っていくのです。これを繰り返すことで、共感的理解に近づいていくのです。
 

◇終わりに

 私は「人間関係塾」と題して、小難しいことをお伝えしてきましたが、皆さんに素人ではあるが、ひと味違った隣人になってほしいと願っているのです。
お店の椅子に縁あって座られたお客様が、皆さんのカットを受けながら、安心して身を任せ、見識のある聴き手に恵まれ、頭や顔がすっきりさわやかになるだけではなく、こころも癒されて、店を出て行っていただけるならば、これほどすばらしいサービスはないのではないでしょうか。
 最後にしっかりとこころに留めておいていただきたいことがあります。
それは、お客様が話されたことをうっかりと他の人に話してしまうということは、くれぐれもなさらないように。これは対人援助職にとって、もっとも大切な「秘密保持の原則」です。これを堅持することで、より深い信頼関係が醸成されるのです。

四回にわたり、ご愛読くださりありがとうございました。
皆さんが、理容・美容の技術の質の高さは当然ですが、お客様との人間関係の質においてもひけを取らない人間として地域社会に親しまれるそんな理容師・美容師を目指して、さらに研鑽に励まれますように祈っております。